<国立の日本民族音楽研究に関する機関>設立のための
請願書

 昭和45年12月と昭和46年4月に、加勢るり子他新音楽教育振興会は<国立の日本民族音楽研究に関する機関>設立のための請願書を政府に提出しました。
 残念ながら実現はしませんでしたが、活動の記録として以下に請願書の全文を掲載いたします。



<国立の日本民族音楽研究に関する機関>設立のための請願書

 趣旨

 今日、日本の科学技術は飛躍的に進歩し、又人々の考え方も、科学的・合理的になった。しかし他方、総合的な人間生活への配慮が欠けていた為に、公害問題がおこり、また人としては情操面に欠けた子どもたちがふえて来た。今日ほど情操教育の必要を痛切に感じる時はない。情操教育の中でも最も普遍的でしかも人間性の根底にふれるものは音楽であろう。
 今日我々の音楽生活、特に日本人として社会生活を経験した人たちの音楽生活と、学校生活時代に学んだ音楽教育とが余りにかけ離れているのを強く感じる。人々がくつろいだ時に民謡を楽しんだり謡曲をうたったりすること、学校での音楽教育とのつながりは殆どない。また芸術音楽の問題として考えてみても、それぞれの民族的感情を基底として普遍化されたものが創造的な音楽文化となるわけであって、この基礎的な感情をぬきにして、ただ西洋音楽の技術だけを習っても、あくまで模倣音楽の域を出ない。

一、今や各国で、民族音楽学(エスノ・ミュジコロジー)が盛んになり、今までのヨーロッパ音楽一辺倒の教育は時代おくれになりつつある。そして、人間生活の心の領分を育成する重要な役割をになっている音楽教育への認識が国際的に強まっている。この風潮の中で、わが国音楽教育のあり方も、抜本的検討と改革のための研究がなされねばならない時期に来ている。

一、わが国の音楽教育の現状は、明治以来洋楽中心(外国音楽のもつ音楽感覚)のカリキュラムである。近年、日本民族音楽が重視されだし、教材としての数量は増したとはいえ、その採用の仕方は系統性を欠いている。この事は、わらべ唄や民謡のとり扱い方に迷っている現状に端的に現れている。

一、この打開のためには、日本民族音楽自体の、根本的な科学研究がまず要望される。それには日本音楽教育の理念を確立するのが急務であり、その一環として、教育分野にパイプの通った<日本民族音楽研究に関する機関>の設置が必要である。これらのことを礎石としてのみ、日本独自の、新しい、文化財となり得る音楽作品の誕生が期待できるのである。

一、一方、現行の音楽教育指導要領に基ずく内容の欠陥からおこる、子どもの音楽ぎらいは、前述の事柄に無関係ではないと思われる。したがって音楽教育の中に子どもをとりもどし、また音楽を通じて創造的な子どもを作るために、今一度、教育の原点にたちかえって、音楽教育の出発点から考えなおす必要に迫られている。したがって、音楽教育にたずさわる我々としては、今までの日本の音楽教育に対して、根本的な改革を加える必要を感じる。

 以上の理由によって、我々は、国家的規模による<日本民族音楽研究に関する機関>の設立を要望したい。この機関は、日本の伝統的な民族の音楽文化を蒐集・整理するとともに、今日の音楽教育に直接結びつく、音楽教育のカリキュラムの作成を行い、教育の現場に寄与するものであってほしい。

請願
 私達は、日本の音楽教育の進歩と音楽文化の創造のために、<日本民族音楽研究に関する機関>の設置を願って、同志をつのり、署名運動を通じて請願致します。

   昭和四十六年四月

新音楽教育振興会




文化庁への請願書


<趣旨>
 文化庁の一画に「日本民族音楽研究所」の設立を要望するとともに、そこにおける研究成果が、新しい文化財となって結実し音楽教育分野の研究、実践に役立つための研究部門の組織が、構成をお願いします。

<理由>
(一)本当の音楽、よい音楽、品格のある音楽こそ、情操教育に真に役立つものであるとの観点にたってこの請願を行います。

(二)激動する世界の中におかれた、わが国を背負ってたつ七〇年代、八〇年代の日本人は真の国際人であるとともに、日本人として真の認識をもたねばならないと思います。それにはまづ複雑多岐にわたるわが国伝統の音楽の研究が、方法、態様、ともおのおの部門毎に各個に行われていて行かなければならないと思います。この感覚こそ古来からの日本人のもとに伝統音楽資料の拡大募集、調査分析、分類、整理に即刻着手する必要があります。

(三)未来へ育つ子どもたちを対象とする音楽教育が叫ばれている現在、日本民族音楽の教材化のためにも、洞察力と創意を基盤に、もっとも科学的な方法による(脳生理学、発達心理学など子どもの音楽教育に欠かせない学問領域の学識経験者の意見も反映させて)調査、研究を推進させる必要があります。

(四)このためには、国民大衆の素朴なイメージをそのままに結実させ、文化庁の名のもとに国家的規模で、前記の調査、研究を行うことがもっとも適切な方法だと考えられます。

(五)それは、真実、平和、自由を求め、愛と信頼の心情で裏づけられた個性を伸ばす道にも通じ、そして将来、人間精神の根元につながる、日本の音楽文化財が結実するためには個人も社会も国家も総力を結集する必要があると思います。

<請願>
 解放された子ども主体の、真の日本の音楽教育に関心あるわれわれは各自の自発性に基づいた署名運動を通じ、声を大にして文化庁の中に「日本民族音楽研究所」の速やかな設立を要望し、ここに誠心誠意、貴長官に対し請願する次第です。

   一九七〇年十二月
新音楽教育振興会


日本民族音楽研究所

組織・構成
一、資料蒐集係・・・職員
二、調査、編さん部 ─ 音楽教育部門(作品家、音楽学者、言語学者、児童文学者、脳性理学者、発達心理学者、数学者、教師)
三、照合・レコード制作部・・・(音楽学者、作曲家、教師、教員)
   注 = 人数約三十名

活動内容
一、民族音楽諸分野(諸流派)にそれぞれ保持されていると思われる各資料の蒐集、整理。未蒐集の民謡、わらべうたなどの採集(拡大蒐集)
一、日本民謡の組織化に新方式を考案し、コンピュータによるメロディ分類を行う。
一、変曲や方言、著名人による専攻論文の研究。
一、本文の(発音、その他)訂正、組織化など編さんの仕事、「日本民族音楽大系」の出版。
一、分類、整理されたメロディの照合とレコード制作。